竹鶴政孝の実家は広島県竹原の造り酒屋「竹鶴酒造」です。
長男である彼は、家業を継ぐべく醸造課のある大阪の高校へ進学します。
アルバイト先の摂津酒造という会社で彼はウイスキーと出会うこととなります。
当時の日本ではウイスキーといえばアルコールに色と香りを付けたもののことでした。
摂津酒造でもその紛い物のウイスキーを作っていたわけです。しかし社長はこれからは日本でも本物のウイスキーを造る時代が来る。それには本場スコットランドからウイスキー作りの技術を学ぶ必要があると考えていました。
そんな時、勉強熱心な学生の竹鶴青年をスコットランドに行かせたいと思ったのです。
彼は本物のウイスキー造りに興味があり、是非とも行ってみたいと思いましたが、実家を継がなくてはいけない身であるため、悩んでいました。
そんな彼の思いを知って摂津酒造の社長が広島まで出向き竹鶴の親を説得して、竹鶴政孝は単身スコットランドにわたるのでした。
つづく
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